(2023年 1月の標語)

「 幻を視つづける 」

(民数記12章6節)

  「幻」と聞くと、ちょっと怪しげで、心もとない感じがするのではないでしょうか? 「夢か幻か」という言葉もあります。じつは密かに持っているけれど、実現しそうにない希望、はかない望みのことです。

  しかし聖書には、そんな「幻」がよく出てきます。たとえば、使徒言行録に出てくるヨエル書の預言(2章17節)。《老人は夢を見、若者は幻を見る》は、教会が聖霊によって成就した、神様の約束として引用されています。古くは民数記に、はっきりこう書かれています―《主なるわたしは幻によって自らを示》す、と。

  神様の想いを、私たち人間がすべて知ることはできません。見えたように思えても、それはまさに幻のように、おぼろげなものでしかありません。それでも、少しは見えているのです。そして気づくことができるのです、神様の想いに。 おぼろげにでも見えたものをじっと見る―そうやって「視つづける」ことから、何かが始まるのです。

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