(2024年 5月の標語)

「 私のなすべき礼拝 」

(ローマ12章1節)

  私たちは毎週日曜日に礼拝をささげます。それは二千年前から変わらない習慣ですが、礼拝のあり方は、時代や教派によって異なっています。

  宗教改革において、それまでの聖餐中心の礼拝から神の御言葉中心の礼拝へ、そして聖職者が行う礼拝から会衆が積極的に参加する礼拝へと大きな転換が起こりました。

  それから五百年余り、今、私たちは礼拝において何を大切にしているでしょうか。礼拝の目的とは何でしょうか。礼拝によって何が起こるでしょうか。

  パウロは《自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい》と言いました。それこそが、あなたがたのなすべき礼拝であると。自分の体をいけにえとするとはどういうことか、そんなことは可能なのか。

  礼拝の意味と可能性について、改めて考えつつ、今月も最善を尽くして、ともに礼拝をささげましょう。